CH天城高原道中記
2008.05.15 

 
                

5月12・13日にclub HUNDREDのActiveな連中17名(1923年生〜1950年生)で天城高原へゴルフ・トレッキング・ステイと3組に分け出かけました。

町田駅10時発の小田急ロマンスカーに乗って。
伊東では名物の蕎麦屋に上がってお昼(蕎麦名人のNAの舌は国産のそば粉で無いと断定)。
この間も、今夜の二次会用食材を調達に幹事さんは多忙。

ホテルのバスに揺られること40分で1,000メーターの高原に到着、冷たい風が我らを出迎えてくれました。

荷物をホテルに預け、ウインドヤッケなどを着込んで、精鋭12名が遠笠山(とおがさやま)へ登山。


 


霧と寒風吹きすさぶ中を黙々と往復4kmを歩きました。この山行のためにお昼のビールを制限しました。
我らはこういう時には真面目なのです。

山頂(標高1,196.9メーター)で冷たいウーロン茶(ポーターUS氏が担ぎあげたもの:2liter)を健康の為に強制的に飲まされました。
おかげでポーター氏の帰りの背中は楽チンに。視界は予想通りゼロでした。
「三等三角点」と一緒に記念写真を撮って貰いました。

出発してから2時間でホテルに戻り、大急ぎで大浴場に行って身体を温めました。
次に急いだのは二次会用に準備した部屋へです。
ここで約1時間、食前酒を嗜んだ訳です。

時間が来たので夕食会場に移りました。適当な酒量でしたので、貸切の食堂でも乱れるようなことも無く、楽しい食事(歳が歳だから和食)でした。

食通氏いわく「質・量ともに満足度の高い優れもの、釜飯は圧巻!」と。

蒸らす時間を惜しんで釜飯を平らげでしまったた御仁約1名、周りの男どももそれに気付かず。
しゃもじが配られたころに「これ 何すんの?」とご当人、既に空になった釜を見ておお笑い。

1時間半ぐらい経った頃、自主的に二次会部屋に移動。
洋服・靴と決められた食堂から、「浴衣・茶羽織・スリッパ」にドレスアップした面々は気合を入れなおして二次会の乾杯をした。

飲んで・歌って・笑いこけて、4時間経過(時に23時・現地時間)で各自の部屋に引き上げた。
持込用つまみ・アルコールの調達部隊にはお世話になりました。
ここまでが初日。



翌日6時には元気な顔が大浴場にありました。
7時朝食:バイキングーッ。
外は昨夜と変わらず霧と雨、聞けば台風2号だそうだ。

残念ながらゴルフ・トレッキングを中止とし、Stay組のお昼の弁当の予約の取り消し、ゴルフ道具の送り返しの依頼などを済ませた。
本日のメーンイベントを、急遽ホテル併設の「ベゴニアガーデン・プランティオ」見物に変更した。
9時玄関に集合が発令された。

直径が20センチもあるベゴニアに驚いたり、手入れをしている作業員に質問したり、ブライダル用花壇で男同士でのにこやかな写真を撮ったり、原産地南米のアンデス山系の高原地帯に思いを馳せたりして約30分を有効に消費した。


   


9:45のバスで下界・伊東に下りた。〔伊東には青空もあった〕。つくし野まで帰途の交通機関は各人の好み(踊り子号or小田急のロマンスカー)に任せた。つくし野駅に13時頃帰着。所要時間は殆ど同じ。

つくし野駅近のいつもの「ラメール」で解団式と称して乾杯した。持ち帰った残りのお酒の処分も自主的にした。山組が用意したお弁当(おいなりさん)も残さず胃の中に処分した。

15時ごろ帰宅した。

 以上
 

臼井史幸 記