“第9交響曲 (2)”
 
伊賀健一(東京工業大学名誉教授)
(町田フィルハーモニー交響楽団コントラバス)


 2004年のこの欄に“第9交響曲”と題したコラムを書いた.その後,予定されていたマーラーの第9を筆者の所属する町田フィルハーモニー交響楽団[1]で演奏した.
 
 前にも書いたように,9つの交響曲というのは作曲者にとって大きな壁のようだ.これは演奏者にとっても限界と思われ,岩城宏之さんが一日でベートーヴェンの9つの交響曲を一人で指揮して演奏する試みを2005年に達成したが,その後惜しくも他界した.

 ところで,マーラーは第9交響曲を書き上げた後,第10交響曲まで進んだが未完に終わった.彼の第9交響曲は大規模,長大で1時間20分以上もかかる.第2次産業革命のあと通信と交通が盛んになり,広い世界観と宇宙観のあるそして欧州土着の趣が入り混じったマーラーらしさが凝縮された曲だ.最終楽章のアダージョは魂の雄たけびに近い.そして,最後には永遠の静へと回帰する.

 町田フィルの演奏[2]はなかなかの名演で,筆者のリハーサル録音はこれまでの中で最もよいものの一つとなった.
 この演奏では,指揮者の指示により,古典的な弦楽器配置を取った.すなわち,右から,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,第1ヴァイオリン,コントラバス,という具合である.ベートーヴェン第9の第2楽章で,テーマが順々に出てくるが,この楽器の順を考えると右から順ということがわかる.

 さて,町田フィルでは,そのあとドヴォルジャークの第9交響曲「新世界より」を2005年のサマーコンサートで演奏した.町田フィル創立30周年の記念シリーズの最中であった.美しいメロディーにあふれたこの曲はほかの作曲家の第9に比べて深刻さがない.生まれ故郷のボヘミアと新世界であるアメリカの異なる風土が重なり合った趣がある.その前の,第7,第8交響曲で,突如としてしっちゃかめっちゃかなメロディーが登場することにずっと疑問を抱いていた.

 2006年の9月に,チェコに旅行し,ドヴォルジャークの生家にも訪れた.チェコのかたがたと交流するうちわかったことは,チェコ人は欧州でも地味な感じの人が多いと思っていたが,とてもハプニングを好み,決まりきったことを事務的に行うのは由としないらしいのである.前記2つの交響曲の第4楽章をハプニングと捕らえるととてもわかりやすい.

 ところで,この訪問は,町田市とチェコとの友好訪問団で筆者が団長を務めた.総勢約50人という大勢がプラハ,リトミッシュル,メヘニッツなどを訪れて,コンサート,お茶のお手前,蕎麦うち,生け花などを通じて交流を深めたのであった[3].

町田フィルバロック合奏団演奏会
(リトミッシュルの世界遺産のバロック劇場にて)
プラハでの野点
(高野宗佳会長はじめ町田市茶道連盟の方々)

 ともかく,第9交響曲というのは作曲家の血と魂の限界を見る最高の芸術であり,演奏するものも聴くひとびとも人智のすばらしさに感動を覚えずにはいられない.



参考
[1] http://home.n01.itscom.net/
[2] マーラーの第9:2004年10月3日(日)14:00開演/町田市民ホール 指揮:十束尚宏
[3] http://lasingbassist.blogspot.com/

写真 町田フィルバロック合奏団演奏会(プラハ高等音楽院マルティヌーホールにて)

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