吉田正之
 
  空澄みて富士が気高く見ゆる朝 己が心に凛として向く

  燦然と富士より昇る日輪に 安らぎ満ちて両手を合わす

  大いなるものの在わせる証し見ゆ 山河を染めて旭日昇る

  風花の舞う山里に光満ち つぼみ膨らみ春来る予感

  流氷の触れ合う音が響き居り 知床の海春なお寒し



  春うれし やはり今年も桜咲く あと幾たびの花に会えるや

  雪解けの水が流れるわさび田に 白雲ゆれる安曇野の春

  青嵐荒れる新府の城跡に たたずみ仰ぐ白き甲斐駒

  しらじらと水芭蕉咲く尾瀬沼に 残雪の嶺真近に望む

  我が影を丸く囲んで虹が立つ 霧が輝くアルプスの朝



  雪渓の残る北岳登りきり 遥かに望む天を突く槍

  霧晴れて頂き近き赤岳に 疲れ忘れる駒草の群れ

  闇迫る渓流沿いの山の湯を 激しく叩き野分過ぎ行く

  ゆったりと疲れを癒す山の湯に 蛍もひとりゆるりと光る

  風薫る山径行けば新緑の 中に輝くシャクナゲの花



  緑濃きみずがき山の高原に 明日を託して白樺植える

  中天にかかりて冴ゆる冬の月 凍てつく光 雪山静か

  春を待つ吉野の里の朝もやに 薄くれないの梅の華やぎ

  一陣の風に舞い散る桜花 ふと襲い来しこの胸騒ぎ

  万葉歌流れる森の夕闇に 光綾なす蛍の乱舞



  渓谷の雫で渇を癒しつつ 今登り来し高嶺を仰ぐ

  這松を潜りて俄かに現れし 雷鳥いとし暫し佇む

  娘嫁し 木賊峠に辿り来て 寂しさ癒す松籟を聴く

  もののふの無念の想い辿りゆく 曽我の梅香や雪煙の富士

  華やかな花火の消えた天空に 淡く瞬く銀河の流れ



  厳寒に凛として咲く梅が香に 励まされつつ冬の野に出ず

  シュプールを描く粉雪輝きて 樹氷きらめく雪花の舞い

  残雪の白き甲斐駒仰ぎ見つ 桃咲く里の花冷えの朝

  風光り新緑萌える山峡に 流れは疾し尾白渓谷

  暮れなずむ池糖に揺れる水芭蕉 尾瀬のたそがれ白きまぼろし



  霧雨の櫛形山の草原を 紫紺に染める ひおうぎあやめ

  アルプスのお花畑で昼寝する このひとときを幾度夢見し

  赤々と夜空を染めて燃え上がり 逝く夏惜しむ富士の火祭り

  日が落ちて蝉しぐれ止む山里に 幻のごと蛍舞い飛ぶ

  白馬の雪型残る山肌に 霧流れ来て遠雷を聴く 



  苔むした熊野古道の石畳 修験行者のいにしえ偲ぶ

  這松に新雪積もる北岳に 雷鳥遊び雲海に富士

  真珠湾攻撃の日は遠くなり 新高山に今おぼろ月

  金色に富士の輪郭輝かせ 七面山に朝日が届く

  朝霧の立ち昇りゆく奥鬼怒に 池糖彩る草もみじ燃ゆ



  粛々と沈む夕日に消え残る 春愁深し那須のたそがれ

  静寂の深山に映える残照に 心鎮もる魁夷の世界

  白樺の林を濡らす通り雨 塩原の山晴れてくるらし

  那須岳の懐深き山の湯に 月影涼し河鹿鳴く宵

  雷鳴の轟きわたる剣岳 稲妻一閃岩稜に伏す



  剣岳 頂に立ち遥かなる 能登半島を雲間に望む

  新雪の穂高の嶺をキャンバスに 錦絵描く涸沢カール

  きらきらと風花の舞う山峡に 木々の芽吹きの気配満ち居り

  聳え立つ巨木の肌に刻まれし 太古を憶う屋久杉の森

  音もなく雪崩の走る山肌に 風やわらかく春遠からじ



  夕されば なまめく風に久遠寺の 桜しだれて妖しく揺れる 

  新緑のきらめく木々の枝越しに 遥かに浮かぶ残雪の富士  

  風薫り青葉輝き夏近し 林を行けば心やすらぐ

  冬空にきらめく星座引き裂いて 光芒蒼き獅子座流星

  冴え返る春まだ浅き朝明けに ほのかに匂う梅のほころび 



  梅 桜 桃と移ろい散りゆくも 花のこころを持して生きなむ

  紫陽花の移ろう色にふとよぎる 想い遥かな青春の日々

  秋惜しむ想いにゆれて振り仰ぐ 銀河の流れ新月の夜

  中秋の白く輝く望月に 妖しき色の火星寄り沿う

  流されず生きてゆかむと思いつも 情に棹さすこころの揺らぎ



  稜線にひとすじの雲流れゆく 我も翔びたし秋の彼方に

  喜びも悲しみさえも思い出となりて 今年も秋深み行く

  こもごもの想いを残し流れゆく 時の速さよ師走に入りぬ

  凍りつく夜空に蒼き尾を曳いて 流星きらり寒月を射る
  
  薄命を嘆くが如くジンジンと ただひたすらに鳴く夜の蝉



  柿一つ残りてゆれる夕空に 銀杏の扇ひらひらと舞う

  禅僧の荒行つづく永平寺 厳しき頬に雪降りかかる 

  南極の白夜に遊ぶペンギンに 黒い太陽輝く神秘

  水ぬるみ小川に揺れる猫柳 霞たなびき春近づきぬ

  はらはらと風に流れる桜花 盛り短き はかなさを舞う

  人生の第三コーナー廻る今 何処がゴールか見えない救い

  幾山河歩み続けていつの日か 心くつろぐ いとまもあらん

  もろもろのしがらみ足枷抜け出して古希を境に生き方変えばや
 
                             


(社)日本山岳協会認定 自然保護指導員
 東京都山岳連盟公認 リーダー