阿 古
 6月の末頃から15歳を過ぎた飼い犬が、何かと問題行動をおこすようになってしまった。夜になると決まって騒ぎ始める。人間で言うところの老人性痴呆症の昼夜逆転らしい。

 春先には食欲がなくすっかりやせてしまって毛皮の下は骨がごつごつとさわるほどになっていた。食欲が戻ってきたようでホッとしたのもつかの間で、今度は夜中のお騒がせとなってしまった。小さな声で庭に出たいとせがむ。ご近所に迷惑をかけないようにそっと庭に出すと今度は中に入りたいとねだっている。
 外の空気は美味しいけど、暗いし寂しいらしい。あきらめて散歩の準備を始めると、早く早くと尻尾を振って騒いでいる。

 終電が近い夜の街は、住み始めた30年前に比べると空き地が減り街灯が増えて、明るいところを選んで歩けばあまり恐さを感じない。あっちこっちと気の向くままに寄り道する犬に付き合いながら、これではウォーキングのカロリー消費にはならないなと、ちょっと残念に思う。
 
 駅へお迎えの車が走る。家へと戻る車もある。1日の仕事を終えて家へと向かう人たちがいる。
 沢山の明かりのついている家。門灯も消してひっそりと静まっている家。水音が小さく響く家もある。テレビの音が聞こえる家もある。沢山の家族が適度な距離をとりながら生活している町だと実感する。

 一回りしてくると気が済むらしくおとなしく寝てしまう時があり、何かほしいと夜食をねだって食べるときもある。そばにいて撫で続けてほしい時もある。
 
 人間には昼間の生活があるのだよと言ってみても分かるはずもなく、夜中に何度もおこされる。
 このままではこっちが倒れてしまうとかかりつけの獣医さんに相談に行った。犬用のはないから人間用の薬だけどと、体重で計算してくれて睡眠導入剤を飲ませ始める。なるべく負担のないようにと穏やかな効き目の薬のようで、飲ませる時間や体調によって効き方が違うらしい。「何年も飲み続けている子もいるよ」と言う、獣医さんの言葉に「えぇっ それって・・・」と小さなショックを受けながら、少し安堵してもいた。

 薬が効くのは数時間、犬によって違うらしい。状況がどんどん変ってゆく。毎日が新しい試行錯誤。犬の介護が原因で離婚をした人もいるから、気をつけなさいと獣医さんの注意が思い出される。
 小さなお腹の上下運動にホッとしながらも、長生きするって大変なんだよねと思っている。
 
 今夜はお散歩をせがまれないようにと願いながら、寝息の聞こえるところに枕と座布団を並べている。