歴史散策 NO.22 - クラブはんどれっど 

2019.02.14

倉古道を歩く(その5)俣野 クラブはんどれっど 歴史散策 参加9名 

 つくし野からつづく鎌倉古道を歩いて、飯田郷を通り俣野郷へと、のどかな田園地帯をぬけ、平安から鎌倉の昔、“つわもの・俣野五郎景久(かげひさ)”の足跡を観音堂、御嶽神社、龍長院へと訪ねました。
 お昼は、俣野景久に続く4代が居し、また関西財閥の住友家が暮らしたという俣野別邸でご参加の皆さんが、それぞれ“愛妻弁当”に舌つづみを打ちながら、歴史を勉強しましたのは、驚きであり、それぞれの豊かな家庭をうかがい知りました。
 境川遊水地公園の周辺には、往時、つわものと呼ばれた武士の遺跡が散在します。つわものとは、弓馬の武芸に秀でた戦士であり、在地の開発領主としてその地名を苗字に名乗り割拠した。およそ八百年の昔は、俣野、飯田を名乗る“つわもの二氏”の所領でした。

      上左:旧横浜ドリームランド                           上右:花応院(小栗判官、照手姫、縁起寺)  
        下左:御嶽神社(俣野の祖先鎌倉景正が建立)  下右:俣野郷の旧家


 上左:龍長院・地蔵堂には地蔵菩薩と景久の石造が  上右:龍長院本堂には円珍作の不動明王が
 下左:俣野園で梅、蠟梅、リス、猫を見る      下右:Y字の建物の俣野別邸で歴史勉強会開催               

(記 細見)

 

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